正常圧水頭症は、脳の中央や周囲を満たしている髄液が増え、脳を圧迫することで起こります。
治らないことが多い認知症のなかで、この病気は手術によって治療が可能です。
正常圧水頭症とは
脳を保護する髄液がたまりすぎて起こる
正常圧水頭症は、脳を保護している髄液が増えすぎることで起こります。
脳の真ん中には脳室という空間があり、髄液はここで毎日一定量がつくられ、それと同じ量が脳と脊髄の表面を通りながら静脈などに吸収されていきます。
リンパヘの流れもあると言われています。
この循環によって髄液は一定に保たれていますが、何らかの原因で循環が滞ると、髄液がたまりすぎてしまいます。
それによって脳が圧迫されるなどして、さまざまな症状が現れるのが正常圧水頭症です。
脳内の圧力は正常範囲にあります。
■ 高齢者に多い特発性正常圧水頭症
正常圧水頭症には、二次性正常圧水頭症と特発性正常圧水頭症という2つのタイプがあります。
二次性正常圧水頭症はくも膜下出血や髄膜炎などの病気のあとに続いて起こるため、診断が遅れることはあまりありません。
もう1つが特発性正常圧水頭症です。
「特発性」というのは、原因不明という意味です。
頭部での髄液の吸収が悪いために起きるのではないかとも考えられています。
さまざまな研究から、国内で毎年5万~6万人が発症していると考えられてい
ます。
70~80歳代での発症が多いのですが、早ければ60歳代で発症することもあります。65歳以上のI~2%がこの病気になっているといわれています。
高齢者に多いのは、老化で髄液の吸収が悪くなるためではないかと考えられます。
正常圧水頭症の症状
足の横幅を広げたままで歩いたり、頻尿になることがある
正常圧水頭症では、次のような症状が現れることがあります。
●歩行障害
最も初期から現れる症状で、患者さんの90%以上に見られます。
足の横幅が広がった状態で歩くのは、この病気の特徴的な症状です。
脳が体の不安定を感じているため、バランスをとろうとして無意識のうちに左右に足を広げるのだと考えられています。
すり足気味、歩幅が小さい、歩行がゆっくりになるという症状が見られることもあります。
歩行中に方向転換をしづらくなります。
また、狭いところを歩くときに動きがぎこちなくなるという症状が見られます。
椅子から立ち上がるのに時間がかかる人もいます。
●認知障害
物忘れが起こりますが、正常圧水頭症の物忘れは、アルツハイマー病で生じる海馬を中心とする側頭葉内側部の障害による純粋な記憶障害ではなく、情報処理能力が下がることで起きます。
そのため、思い出すのに時間がかかるというのが特徴です。
初期では、体験したことは覚えているので、人から言われるなどのヒントがあると思い出せます。
出かけた先で物を置き忘れることが多くなり、先々の予定を思い出すのが難しくなります。
情報処理能力が下がるために、思考や動作に時間がかかるようになります。
そのため、複数の作業や量の多い作業を処理するのが難しくなります。
暗算は苦手です。
このような認知障害が、患者さんの80%以上に現れます。
●排尿障害
尿意を我慢できる時間が短くなるため、たびたびトイレに行ったり、失禁してしまったりします。患者さんの70%以上に現れる症状です。
正常圧水頭症の症状は、これらの3グループに分けられます。
このうち2グループに当てはまる項目がある場合は、正常圧水頭症を疑ったほうがよいでしょう。
正常圧水頭症の診断
問診、MRI、タップテストの3つの検査でわかる
まず問診が行われ、歩行障害、認知障害、排尿障害の有無や程度を確認します。
その上で、MRIで脳を画像化して調べます。
脳の表面が頭蓋骨に押しつけられていないかがポイントです。
正常圧水頭症の人だと、脳と頭蓋骨の隙間がほとんどなくなっています。
問診と画像検査で正常圧水頭症が疑われる場合、タップテストが一般的に行われます。
髄液を抜いて、症状の変化を調べる検査です。
髄液は腰部に針を刺して30mLほど抜きます。
それによって、スムーズに歩けるようになるなど、症状の改善が見られれば、正常圧水頭症の診断を確定できます。
また、手術で症状の改善が期待できることになります。
正常圧水頭症の治療
脳にたまった髄液をおなかに移す手術を行う
正常圧水頭症の治療では、髄液シャント術という手術が行われます。
早期であれば、日常生活に困らないレベルまで改善する可能性があります。
直径2mmほどの細い管を使い、増えすぎた髄液を腹腔に導く手術です。
日本でよく行われているのは、次の2つの方法です。
● 脳室ー腹腔(VーP)シャント術
脳室から腹腔に管を通す手術です。
従来から長年にわたって行われてきました。
頭蓋骨に小さな孔を開けるため、高齢者の場合には、手術が可能かどうか入念なチェックが必要になります。
● 腰部くも膜下腔ー腹腔(LーP)シャント術
腰部のくも膜下腔から腹腔に管を通す手術です。
近年、急速に広まっています。
頭蓋骨に孔を開けなくてよいため、脳を傷つける心配はありません。
ただ、腰椎が変形しているなどL―Pシャント術が適さない人もいます。
そのような場合は、VーPシャント術を行うことを考えます。
最近の日本の研究によれば、LーPシャント術を受けた患者さんの65%で、生活の自立度の改善が見られたといいます。
これはVーPシャント術と同等の治療成績です。
正常圧水頭症は、認知症のなかで数少ない治療による改善が可能な病気です。
物忘れなどの認知障害に加え、歩行障害や排尿障害があれば、できるだけ早く受診し、早期の手術に結びつけてください。
参考
「きょうの健康」
(大阪大学大学院 敷井裕光 講師)